「~てやる/~てあげる」の使用が見当たる。以前からこのような「~てやる/~てあげる」の非恩恵 性が認められており、元来の「恩恵性」から派生し
「~てやる/~てあげる」の使用が見当たる。以前からこのような「~てやる/~てあげる」の非恩恵 性が認められており、元来の「恩恵性」から派生した周辺的なものと見なされる見解から、「~てや る/~てあげる」に内在する意義との連続性を探る方向へと、多くの議論がなされてきた。一方、こ の文法が備えている高文脈性と話者の感情、意図と結びづく可能性が高い特徴も認められ(松本敏 治・塩谷亨 1998)、より的確に捉えるには従来の内省による判断と違った角度が要求される。
実際に使われている例文は、従来の研究者による内省だけで気づきにくい言語事象の発見や研究者 の仮説を検証するのに強力な道具になると考えられる。そのような言語資料を大量に積んだコーパス を利用することによって、例文の多さと出典の豊富さから個人判断の偏りを捨象することができ、補 助動詞「~てやる/~てあげる」の実像を探るアプローチとして実に有意義だと考えられる。このよ うな現状を受け、本稿ではコーパスを用いた例文分析を主な手段とし、非恩恵を表す「~てやる/~ てあげる」について考察を試みたい。
1.2 先行研究の紹介
非恩恵の「~てやる/~てあげる」をめぐった研究のうち、用法を取り上げて類別化した豊田(1974) が注目を集めている。豊田(1974)では、「~てやる」の恩恵性について「もとになる動詞の意味によ ってプラス・マイナスの利益に分かれるのでも、補助動詞「やる」を伴って意味が左右されるのでも ないことが分かる」と述べており、また、
(4)ああ、もういっそ、悪徳者として 生き延びてやろうか。(意志性を表すもの)
(豊田豊子 1974:85)
(5)けれどもあなた後から手紙で詳しく 書いてやって下さいましたね。間違いでもしている と大変ですから。(方向を表すもの)
(豊田豊子 1974:89) のように、意志性を表す「~てやる」、方向を表す「~てやる」に分けて論じた。しかし、プラス利 益の反対側にある「マイナス利益」を除き、残りの二つは本来の恩恵性への連続性について言及が少 なく、用法間に曖昧性が生じるという問題を部田(2011)が指摘している。
恩恵・非恩恵がもとになる基幹動詞によって分かれるならば、「~てやる」に内在する基本意義は 何だろうか。この問題を掘り下げて考察した山橋(2002)は、「誰かに対する愛情、同情、思いやり、 いとおしさなどの感情から、ある行為を誰かに与えることを表す」という見方をとれば、全ての「~ てやる」文が解釈可能になると主張している。しかし、文脈のほかにその解釈が読み手の直感や個人 判断によって異なる可能性が高く、具体例をより的確に考察する必要があると考えられる。たとえば、
(6)ダンパー内の細かなパーツの隙間に溜まった金属の削りカスなどを、洗い流してやる。 のように、単なるある物事への働きかけについて説明する際によく使われる「~てやる」文において、 動作主が対象に抱いている個人感情が読み取れず、「対象に抱く何らかの感情から行動を起こした」 として解釈すれば、とても違和感を覚える。その一方、山橋(2002)は従来の「~てやる/~てあげる」 文に含まれる受益者を、「~てやる/~てあげる」そのものの語彙特徴に起因する必須項として捉える 先行研究に問題があると指摘した。また、対象を受益者と捉えるのは、対象への感情が前提である「誰 かのために何とかする」という動作主の目的と基幹動詞の性質に起因しているとの分析が目新しい。